淳と奈子のその後パチンコ屋さんで二人でNO6


淳と奈子のその後パチンコ屋さんで二人


淳と奈子のその後パチンコ屋さんで二人

淳と奈子のその後パチンコ屋さんで二人


淳と奈子のその後パチンコ屋さんで二人で

パチンコ屋さんって初めて、住み込みも初めて、

大阪の恵我之荘でのことです。

そして金沢へ、石川県の穴水町、

知らないところ、時々警察が見回りに来る

景品交換所の「靄」というのですが、泥棒がはいったことがあった。

刑事さんがパチンコしてて、飛んでった。

犯人は捕まったのかはわからない。

流転生活だった。

でもなぜか別れようとは思はなかった。

結構楽しかったの、今までやったことのない生活で

新鮮に感じたのかも。

北陸の空を思い出すことも度々

子供の事も奈子は思い出す。

いつかは会えるだろう、
いつかは、電話もできるだろう、東京に出てきた奈子と淳は

住民票も移転しないまま、住所不定、まるで犯罪でも犯したような

逃げる生活のようだった。

東京へ来て落ち着き、パチンコやさんでためたお金で
マンションを借り淳はバイトを見つけ、普通の生活に戻ったのでした。

それから数年たって、奈子はパソコンを勉強し
ネットの仕事を始めた。

この仕事がいまもづいている、ブログアフィリエイト。

思えば長い間ネットの仕事を続けているのだ。

男性の深い「愛」が実婚でも長く続くのです。

淳が24歳からずーっと変わらぬ「愛」で奈子を支えてきた。

口喧嘩はします。

それを深刻化しなくするのはいつも淳の方だった。

カテゴリー: 元ナンバーワンホステス奈子がネット起業までの15年 パーマリンク

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